Misadventures in Stereo(Jim Boggia)

Philadelphiaという街に対しては、いわゆる「フィリーソウル」を始めとする素晴らしい音楽に親しむことを始めとして一方的な親近感を覚えてきました。そして、この街からまた一人、魅力的なミュージシャンが見つかりましたのでご紹介させてください。


彼の名はJim Boggia。

と或るバンドへの偏執的愛情を歌った1曲"Listening to NRBQ"をきっかけにして彼のことを知りました。



「永遠のドサ回りバンド*1」として一部のファンから偏執的に愛された燻し銀のポップバンドNRBQ*2

バンドとしても 、個々のミュージシャンとしても*3やはり偏執的に愛するファンの一人としては、曲の題材にこのバンドを取り上げているという事実だけで、このJim Boggiaという男に並々ならぬシンパシーを感じてしまうものなのです。


かつてのガールフレンドとの幸せな日々。何よりも大事にしていたレコード。イカしたV8エンジンを搭載したDodge Charger。二人で走り回ったあの日々にはいつもNRBQが流れていた*4、といった具合に、ストーリーは至極シンプルなものです。シンプルどころか安易に過ぎるかもしれません。

ただ、このNRBQというバンドをネタに歌うに当たって、眉間にシワを寄せて小難しい厄介事に思いを巡らせるのは野暮ってもんです。


ガールフレンドの誕生日に二人はチケットを携え、Detroit*5までの道を4時間かけてクルマを走らせNRBQの演奏を聴きに行きます。

最前列に陣取った二人が口づけを交わしたとき、ギタリストがソロを弾き始める・・・こんな風に・・・。


そんな歌詞に導かれて挿入されるギターソロを実際に演奏しているのはAl Anderson。そう。通称"Big Al"として名を馳せた、NRBQの名ギタリストであります。

いやはや、なんともバタ臭い演出ではありますが、あの音色と旋律は兎にも角にも正真正銘のBig Al*6NRBQファンにとっては紛れもなく嬉しい驚きなのであります。


結局「彼」は別の女性と結婚し子供にも恵まれ、あんなに大事にしていたレコードコレクションもebayで売り払ってしまいます。そんな今の生活が辛いわけでもないし、変えるつもりもサラサラないんだけど、彼女のことを思い出したときは嬉しい気持ちになるし、NRBQを聴きながら走ったあの日々を忘れることはないだろう・・・

・・・といった具合に、この曲は、言ってしまえば安直に幕を閉じます。それだけのことなのであれば、態々ここでご紹介するまでのインパクトを個人的に受けたかというと覚束ないのが正直なところです。

しかしながら、その作者であるところのJimさんのことを知れば知るほどに、「安直」で済ませる訳には行かない何かを感じるようになります。


例えばカバー演奏。RockとPopの歴史を彩ってきた無数の名曲群を文字通り広くCoverするJimさんの無双ぶりがYoutubeで確認できます。

まずはThe Beatles

言わずと知れたこのRock/Pop界の巨人の作品をカバーするミュージシャンは数多く居りますが、Jimさんの場合は選曲のマニアックさが半端ではありません。

"Norwegian Wood""Penny Lane""Lady Madonna""Here Comes the Sun""Helter Skelter""You've Got to Hide Your Love Away"なんて辺りは序の口。"While My Guitar Gently Weeps""She's Leaving Home""Golden Slumbers""I Will""I'm a Loser""Anna*7""I'll Be Back*8"と手加減ナシ*9

勢い余ってThe Beatlesコピーバンドとして著名なバンドFab Fauxの(名誉的)メンバーだったりする上に、仕舞いにゃThe Beatles後までPaulを追っかけ、Wingsのカバーまでチラリホラリ。筋金入りであると断言できましょう*10


もちろんJimさんの食指はそれらだけに留まりません。Queen"Somebody to Love"を一人多重録音で完全コピーしたかと思えば、Bruce Springsteen"Thunder Road"David Bowie"Life on Mars"ウクレレでキュートに(一部本格的に)弾き語る。とりわけ後者の芸達者ぶりは半端ではないので、Youtubeにアップロードされている演奏風景を参照させて頂きましょう。



・・・と、まぁ、Youtubeで確認するだけでも類挙に暇がありませんが*11、昨年だったか実現した来日ツアーでの演奏を鎌倉*12で拝見した際には、Princeの"KISS"でアンコールを締めくくって居られました。それも曲中にSly & The Family Stone"Dance to the Music"を挟みこんで。

そのエクレクティックな雑食性に脱帽。言葉もございません。


いつもながら長ったらしくなってしまいましたが、最後に一つ。彼のことを紹介するに当たりどうしても割愛したくないことがあります。それは彼の音楽に対する愛情と一芸人としてのスキルと根性です。

ともすると器用貧乏な一面があることも否めないJimさん。自曲を差し置いて他人の曲のカバーの方が受けがイイという、或る種の残酷さを感じさせる局面が鎌倉でのライブにおいても見受けられました。これはあの場所だけが例外だったわけではなくて、他所だって多かれ少なかれそうだったでしょう。

このことを彼が心の奥底でどう思っているかは分かりません。場合によっては苦々しい気持ちになる時だってあるのかもしれません。ただ、少なくとも外面では嫌な顔一つ見せておりませんでした。客が喜ぶならばむしろ率先して一人カラオケの様相を呈してでもカバー曲を演奏しているように思えました。そこに音楽に対する人並以上の愛情と根性がなければ、そういったスタイルを貫き通して齢50手前まで音楽で生計を立ててくることは出来なかったはずです。


彼がまた来日する機会があれば、是非、チケットを買い、会場に足を運びたいと思ってます。


・・・と締め括ろうと思っていたところ、再来日決定との報せ*13。機会があれば是非!



Misadventures in Stereo (Dig)

Misadventures in Stereo (Dig)

*1:「ドサ回り」と我ながら簡単に言うが、あのクソ広いアメリカ合衆国の津々浦々を数十年もの間、巡りに巡って来た精神力は生半可ではない。

*2:この「一部」という部分が彼らが偉大である所以でもあり、彼らがドサ回りを続けて無くてはならなかった理由でもあるところが切ない。鎌倉でのライブでこの"Listening to NRBQ"が演奏される前、JimさんはこのNRBQというバンドについて、驚きを込めて「恐らく、いや間違いなく、アメリカ本国での人気よりもこの会場での人気の方が遥かに高いであろうバンド」と紹介した。泣けてくるではないか。

*3:NRBQの名ギタリストAl Andersonについては当ブログでも過去に取り上げていたが、バンドについては実は取り上げていなかった。非常に遺憾。すぐに取り掛かりたい。あの多すぎる作品群からどれを選べば良いものか、いきなり悩ましいが。

*4:NRBQのファンとしては彼らの作品の中でもとりわけ知名度の高い名曲"Ridin' in My Car"を思い出さずには居られない。恐らくJimさんもそのことを分かっている。アメリカにおける回想にはクルマという存在への憧憬が必ずと言っていいほど含まれる。"Back to the Future"然り、"American Graphity"然り、"Forrest Gump"然り。奇遇なことにJimさんと同じPhiladelphia発のバンドHootersにもそんな回想を歌ったその名も"Great Big American Car"という歌があった。だからこそDetroitを中心とした自動車産業の没落や、トヨタ擁する日本との貿易摩擦や、金融不安に端を発した国内自動車メーカーの経営危機が殊更にヴィヴィッドに受け止められたのだろう。

*5:Jimさんの実体験なのか、あくまでもクルマと結びつけたかったのかは分からない。本人に直截尋ねようかと思わんでもなかったが、無粋だと思ってやめといた。

*6:その音色を耳にして、ギターはTelecasterではなくGuildの方だろうなと思ったら、インナースリーブにGuildをぶら下げた仏頂面のBig Alの写真が収められていた。ワタクシは「おお!」と声を上げた。

*7:厳密にはThe Beatlesの演奏もカバーだが。

*8:念のため言っておくが"Get Back"とは違う曲。

*9:一部は彼の演奏を直接聴いたものだが、大半がYoutubeで視聴できる。リンクを張るには洒落にならない量なので此処はご勘弁頂き、適宜探してみて頂きたい。

*10:個人的には、JohnではなくPaulを追いかけてるところにもシンパシーを強く感じる。

*11:Procol Harumの"A Whiter Shade of Pale"、Kinksの"Waterloo Sunset"Michael Jackson"Human Nature"、The Turtlesの"Elenore"、Etta Jamesの"I'd Rather Go Blind"という具合で激しい雑食性が垣間見える。

*12:Cafe Goateeという小さな小さなお店が自ら招聘したとのこと。蛮勇(敢えてこの言葉を使いたい)を讃えたい。

*13:実のことを言うと、本稿は昨年の12月の鎌倉での彼のコンサートを観た直後に書いたものだったのだが、諸々の事情で掲載するタイミングを逸したまま店晒しにしてあった。今回、再来日の報せを見つけて此処ぞとばかりに飛びついたのが本当のところ。ただ、万一、本稿をきっかけに彼のライブに足を運んでくれる人が居たならばそんなに嬉しいことはない。