Renaissance(ペトロールズ)

早いもので今年も年末調整用の書類が保険会社から届きました。もはや2015年もカウントダウンに入ったも同然といったところでしょうか。

このブログでは、前回投稿から開いた期間について自虐するのが毎度恒例の儀式となりつつありますが、前回投稿はなんと2012年末。その間2年半あまりの間に果たして自分は何かを成したのか。恐る恐る思いを巡らせてみました。ああ、あのノンビリ屋のペトロールズでもその間に遂にフルアルバムを拵えリリースしたのに・・・溜息をついている自分に気づいただけでした。

本日は2015年10月10日。夕方からの天気が気になりますが、日がとっぷりと暮れた頃には、全国を回ってきたペトロールズのツアーの千秋楽公演が誉れ高き日比谷は野外音楽堂において執り行われております。きっとアルバムに収録されている曲もたくさん演奏されるでしょう。今のうちにこのアルバムの感想を取りまとめておきましょう。野音での演奏を聴いた後にはまた異なる感想を抱いているかもしれませんから。


振り返えるとあれはツアー初日の8月12日。会場の恵比寿リキッドルームで販売が開始された本作"Renaissance"。物販のカウンターに長蛇の列ができる中*1、ようやっと封入が済んだ本作が詰まったダンボールがギリギリのタイミングで会場に届き、開けるや否や飛ぶように売れていったと漏れ聞きました*2

音楽の販売市場が往時に比べて著しく縮小する昨今、配信に、特典に、果ては選挙権にと、なりふり構わぬ、しかし青色吐息のシノギを続けている業界を尻目に、相変わらずマイペースな家内制手工業のペトロールズの皆さん。その最新作を求める人々の作る列に並んでいざ先頭に着いたら吃驚。丸いディスクが三角形の異形のパッケージに包まれておりました。既に本邦各地の志高い販売店において流通している本作ではありますが、たまたま買い取ることになった中古CD屋の店員さんなどは、その収納の不便さに舌打ちしておられることでしょう。

さて、当日はチケットもなかったので恵比寿から直帰。この△を自宅リビングで鳴らして、ジンを舐めながら聴いてみましたところの第一印象は「音の当たりがまろやか」ということでした。

はて、酔っ払って聴覚にコンプかかったのかしら。その後もリスニングを重ねてみましたが、どうもそうではないようです。コンプレッサーで丸まっているのとも違う、プレーンでありつつもまろやかな、昨今のプロの音源としてはなかなかお目に抱えれないタイプの音だと思います。録音の事情やミックス、マスタリングの志向があるのかもしれませんが、ともかく業界の標準はあまり気にかけても居ないみたいですね。

そういった唯我独尊な態度を踏まえても「ギター・マガジン」誌によるインタビューにおける「(長岡亮介は)ギタリストとして余生を生きている」という椎名林檎さんの指摘は、的を射たモノだと感じられます。それが褒め言葉ですらあるというニュアンスも含めて。

ただ、最初期の音源からペトロールズなり長岡亮介をフォローしてる自分には、トリオの演奏を担う一翼として、ソングライターとして、修羅の道を往き続けてきたことによって彼が得た恵みは、天恵として甘受したものではなく、自ら勝ち取ったものなのだとの思いもまた強いです。

長岡亮介がギタリストとしての進化を志向する余りJeff Beckに成り下がられたんじゃ、私はとっても悲しいのです。本作"Renaissance"を聴く限りだと、その心配は少なくとも当分は杞憂に終わりそうですが。


さて。抽象的な物言いはこの辺にして、吟味を重ねた結果の感想を逐条的にしたためることに致しましょう。


冒頭曲 の”タイト!"。
シンプリシティとスケベ心がしっかりとインストールされた冒頭曲に思わず心が浮き立つのを感じます。

ワウの効いたギターがクラヴィネットのように使われていたり、ダイナミックなアーミングが施されたリードギターが重ねられたりはしていますが、基本的には3人の音とコーラスで構成された実にシンプルな構成と韻を踏んだ身も蓋もないリリック。これはバンド初期のレア音源”仮免"に収録されていた”O.S.C.A."を髣髴とさせるペトロールズの勝ちパターンですね。

思わず殿下に奉納したくなる1曲と言えましょう。


2曲目。"On Your Side”。
ライブハウスで慣れ親しんだ曲がお化粧された顔を改めて拝む醍醐味もまたペトロールズのスタジオ作品ならではと言えましょう。

ギターも3本は重なっているようですし、コーラスも多重的ではありますが、ともすると極彩色に彩られていた従来のスタジオ作品に馴染んできた自分には、よりツボを押さえたお化粧になったと感じられました。カウンターメロディーを奏でるシタールギターの音色も素晴らしく、ずっと続いて欲しい、終わって欲しくないと思える曲です。だからこそフェードアウトが相応しく感じるのでしょう。


3曲目。”表現”。
これも数多のハコで演奏されてきたファンにはお馴染みの楽曲です。

楽曲の設計として、音と音(音符と音符、声と楽器、楽器と楽器)の間に隙間がたっぷりと設けられたペトロールズらしいこの名曲が音源化されるのは、それだけで非常に喜ばしいことです。ライブ演奏ではサビのコーラスがイマイチ決まらずもどかしい思いも感じていたので、これにてひとまず一件落着といった安堵すら抱いた次第です。

2本のEpiphoneのサウンドは実に軽妙で、従来フロアで耳にしてきた印象よりもグッとアコースティックに仕上がりました。ハンドクラップも含めたパーカッションやコーラス(というより呟き)が実に効果的なのもこの隙間とアコースティックな響きがあってのことでしょう。


4曲目。”アンバー”。
この曲がシングルでリリースされたのはいつの事だったでしょうか*3。何がきっかけになったのか、旧来からのファンにもお馴染みの名曲の再録音です。

そのアレンジに大幅な違いはないものの、構成の押し引き、音色のメリハリ、全体の整合感と全般的に改善が感じられ、良くも悪くも甘かった点がスッキリとした印象があります*4

それにしても相変わらずいい曲です。あれは下北沢GARAGEだったか、初めてこの曲を聴いて感動したときのことを思い出しました。


5曲目。”Talassa”。
トロールズにしては珍しいライブで披露されたことのない完全新曲です*5こういうモジュレーション系のエフェクトが全面的に動員された多層的なサウンドスケープが曲の全体を覆うのはペトロールズとしては実は初めてではないでしょうか。

サウンドの印象が先鋭的な一方でその曲調にはノッペリとしているような印象を覚えるかもしれません。矢継ぎ早に迫り来るシンコペーションが特徴的なペトロールズの楽曲としてはこれまでになかったタイプの曲だと思えるかもしれませんが、よく聴いてみると様々なリズムのタメが其処此処に仕込まれており*6耳にすればするほど度に好きになる素晴らしい1曲だと思います。ここでもペトロールズらしく存分に配置されるコーラスが地平を拡げ、実に効果的にアルバムを彩っています。

「ギター・マガジン」誌におけるインタビューなどでも「歌いながら演奏するのはまず無理」というような話が出ていましたが、そんなもんはちゃちゃっとディレイでも使って解決しちゃえばいいじゃないですか。


6曲目”Fuel”と7曲目”Profile”はどちらも割りと最近にシングルとしてリリースされていた既発曲ですが、今回アルバムに収録されるに当たってどちらもミックスがやり直されているようです。サウンドに関しては特にベースの存在感が増した印象を覚えました。冒頭にも音がまろやかになった印象とも書きましたが、きっと低音がカットされたことで却って輪郭がはっきりしたのでしょう。

振り返ると、大好きなこの2曲についてTwitterで感想を呟き散らかしてはいたのですが、改めてこのブログでレビューとして取りまとめておりませんでした。

”Profile”の一節には"fill my heart with your yokogao”という歌詞があります。profileという言葉には横顔という意味があることを今更ながらに確認したわけですが、このリリックはなかなか書けるものではないのではないでしょうか。ペトロールズのリリックがダサくないという現実に自分は得も言われぬ救いを感じます。

サザン・ソウルのマナーに則って奏でられるシタールギターの甘い雰囲気が彩るこの曲のアウトロには、この曲を最初に聴いた時から魅せられてきました。嗚呼、このままずっと演奏が続けば良いのにと後ろ髪を引かれる、その瞬間。アルバムの一部に収録された今となってもそのハイライトの一つとして輝いています。


さて8曲目。”Iwai”。
トロールズで曲を作っている長岡氏の個人名義のデモ音源で既に披露されていたこの”Iwai”ですが、その段階ではサビの歌メロが、ともするとスタンドアウトしてしまっている印象も感じていました。今回の録音でサビの伴奏に加えられたリッチなアレンジメントが、そこのところの落差を上手く均し調和させています。舌を巻く、とはこういうケースで使われるべき慣用句でしょう。

それにしても耳に心地よいガット弦の音。このGianniniというBrazilメイドのギター*7、実はうちに3本も揃い踏みしていたことがあるのです*8。2本を里子に出して今も残る1本はModel No.2*9。1966年8月に作られたもののようです。長岡氏がtwitterに載せた写真を観るに同時代のものでしょう。ウチで爪弾いてほくそ笑むだけでも十分に乙なものですが、長岡亮介という敏腕の手によってその魅力が増幅された結果をも耳にすることができたのは、一好事家として有難い僥倖でありました。

ギターの話になるとついテンションが上がって暑苦しくなっていけません。
パーカッション(トライアングル)が非常に効果的に空気を締めているこの曲。唯一残念なのは最後の最後に音がブツっと切れることです。気密性のよいイヤフォンででも聴いてないと気づかないかもしれませんが。ペトロールズは前にもそういうことがあった気がします。ちょっと残念です。


9曲目。Youtubeなどにもよく出回っているペトロールズを代表する楽曲、”雨”です。
多くのファンに長らく愛されてきたこの曲。上記の”アンバー”と同じくそのアレンジに大幅な変更はないものの、再録に当たってはマンドリンによる繊細なレイヤーが加わっている他にも、バッキングのギターの荒々しいサウンド、従来以上に悪ノリしてもはや冗談かとすら思えるギターソロ、鍵盤のイメージか間奏の部分にプペプペと入ってくる脱力的なギター*10と、”アンバー”以上に攻めの姿勢が感じられました。

そこまでやるなら換骨奪胎、従来のアレンジを根本から徹底的に骨抜きして頂きたかった、とも思うのですが、オールドファンの戯れ言かもしれません。


さてラスト前の10曲目“Not in Service”。
“Talassa"と同じく、ライブで披露されてこなかった新曲です。この曲はなかなかの曲者でして、個人的にはなかなか咀嚼できず、暫くの間、反芻を繰り返しました。なにゆえ冒頭からノッペリとしたドラムがダラリダラリと繰り返されるんだろうか、と。何か、自分が気づいていない、バンドが意図した所があるんではないか、と。

悩んで悩んで、友人の指摘をきっかけにようやく腑に落ちました。なるほど此の曲はヒップホップモチーフなんですな。あのドラムも、ビートをサンプリングしたイメージだと思えば、すんなり腹に落ちます。反芻しても反芻しても消化できなかった塊が氷塊した瞬間でした。普通に聞いて愉しめばいいのに、何かと解釈したがる好事家はこれだから頂けません。

そっちのけにしてたギターサウンドですが、改めて聴いてみると間奏頭のギターの弦の振動の得も言われぬ緩さを始めとして、正に長岡亮介印とでも云うべき不審さが亡霊のごとく漂っていることに気づきます。まったくどんなギターを使っているのやら。

この曲はライブで聴いたらどう思うかも楽しみです。あと2時間ちょっとで開演。お天気が持てば良いですね。


そして11曲目。“Renaissance”です。
近年、長岡氏はソロ名義での音源も幾つか正式にリリースしていますが、それらの音源のディレクションと近い雰囲気を否応なく感じさせるトラックがアルバムをクローズしております。いつの間にか、こういう曲がお手のものになったんですね。感服しました。


こんな素晴らしい11曲が詰まったアルバム"Renaissance"。流通経路がどんどん広がっているようです。



お近くで出会ったら是非手に取ってみて頂けると幸いです。

*1:トロールズ長岡氏とそっくりなメガネをかけて、そっくりなパンツ履いて、そっくりな髪型した男性が沢山居て笑った。人気者は辛い。

*2:この日の販売分からは少なからぬ枚数がオークションで転売されたようだ。3,000円の本作が4倍程度の価格で落札されているのを見かけた(http://t.co/hzozkRIdtQ)。地方の人には買えない現状が在った以上はこういう事が起きるのは止められない。hypeの一部と考えると小金を稼ぐコバンザメが居てもおかしくないし、買う側は「すしざんまい」が松方弘樹のマグロを競り落とすようななもんだ。それを売る側が嫌うなら最初から全国流通すればよいだけの話。

*3:2009年か。もう6年も前のことなのだ。個人的な話だが、あのとき自分は入院していて、買ってあったチケットを知人に託し、代官山Unitの物販でシングルを買ってきてもらった。病院のベッドで興奮して繰り返し聴いた思い出がある。

*4:旧来の音源は冒頭のリフを奏でるギターのチューニングが正直気になっていた。実際のところはどうだか分からないが、よりによってスタジオ音源でチューニングが怪しいというのも実にペトロールズらしい話だ。ただ、そこがクリアになるのが悪い話のはずもない。

*5:15年10月11日追記:本年5月の在日ファンクとの対バンライブで既に披露されていたらしい。早速にご指摘を頂いて有難いやらお恥ずかしいやら。いや誠に有難い。tatu60さん、多謝です。

*6:旧作”EVE2009”でも顕著に観られた左右のチャンネルにギターのフレーズを分解する長岡亮介の18番がこの曲でも効果的に炸裂している。

*7:造りの精密さなど期待すべくもないが、時代的に迷わずハカランダ(ブラジリアン・ローズウッド)が使用されているこのメーカーのガットギターは得も言われぬ魅力を湛えており私を魅了してやまない。このメーカーに最初に興味を持った際、迷わずに町田Millimeters Musicの松澤老師に相談したところ「ガットギター界のdanelectroに目をつけるとはお目が高い」とお褒めの言葉を頂いた。嬉しい思い出。

*8:すべてアメリカから調達したものなのだが、うち2本はNew York、それも同じLevitt Townという郊外お巨大住宅地の一角から届いた。最後の1本はこの御仁から届いたものだった。「発送が遅れてすまないね」ということで、おまけに自作のCDを入れて頂いた。即捨てた。

*9:このギターの発送の際に一悶着あった。最終的に押し切ったが、セラーからはビダー(私の事)に対する評価として”real ASSet”との捨て台詞を頂いた。モノよりオモイデである。

*10:耳に慣れるまでは、いや今もこのギターを入れた意図については図りかねるところが正直ある。コーラスとの兼ね合いでの設計なのだろうか。