Love Somebody(織田 裕二)

思えばあれは池袋でした。

駅から遠ざかり、護国寺方面へ抜けようと南池袋公園の入口付近に差し掛かったとき。青年がでっかいラジカセ*1を肩に乗せて闊歩している。まるで80年代のサンフランシスコの町でそうする黒人のような佇まいの彼は、遠くから徐々に近づいてきました。


風体はチャラチャラしている。うむ、大学生か。

自分がどれだけ周囲から浮いているかを、彼は恐らく大方知っているし、むしろそれを楽しんでいるタイプの好事家のように見えました。まったくいけ好かない奴だ・・・いや、それは或る種の敗北感を感じているということに近いかもしれない・・・いや、どうにせよ半端な奴だ・・・と様々な思いが反射的に私の胸に去来しました。


そのとき彼のラジカセから音楽が聞こえてきました。

まだ距離はかなりあるのに旋律がはっきりと聴こえます。



「ラララ♪サンバディトゥナイッ♪」



ほぅ・・・「織田裕二Feat.マキシプリースト」。


この曲はよくも悪くもその場の空気を変えました(彼は行く先々できっとそうしているのでしょう)。何はともあれ、彼と私の間の空気はそれまでの敵対的なもの*2から、かなり友好的なものに一変しました。


その間にも彼と私との間の距離は急速に縮まっていきます。

それと同時に「あの曲」の音量も更に高まっていきます。

むぅ・・・これは爆音レベルではないか。どう考えても迷惑な奴、どう割り引いてもイカレた奴だ。それなのに何故か、何故だかそんな気がしない。不思議な奴。いや、不思議な「曲」と言うべきか・・・。


そして遂に彼とすれ違う、その寸前に、満面の笑みを湛えた彼はやおら口を開いたのです。



「青島ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」*3



彼は私を威嚇したわけでも、誰に向けて絶叫したわけでもありませんでした。

ただただ、何事も無かったように、満面の笑みで前を向いて、肩で「織田裕二Feat.マキシプリースト」を鳴らしながら、私の視界から遠ざかっていきました。

そうやって彼とすれ違い、しばし振り向き、また自転車を漕ぎ始め、驚きと胸の高鳴りが収まったころには、何か爽やかなものだけが僕の心には残っていました*4


Love Somebody

Love Somebody

*1:どう弁護しようとも死語。30年生きるとこういうことが続々と起こってくるんだろうな、と、いま覚悟を決めた。

*2:思えば、これほどに一方的な敵意もあったもんじゃないが(笑)。

*3:別に「チンタオぁぁぁぁぁぁぁ」と絶叫したわけではない、ということだけは付記しておく。

*4:いまも消えない敗北感を自分に味合わせた人間は、自分の30年の人生で彼が3人目だった。1人目は、高校の同級生山岸くん。2人目は、自分の名の表記を「マヨネーズのヨネ」と説明する知人の祖母ヨネさん。自分は彼らを畏敬している。