こちら葛飾区亀有公園前派出所 47巻

昔からそうでしたが、飲み屋で、知らないオジサン達に妙に好かれます。

カウンターで独りで飲んでいたりするオジサンたちは、自ら独りで飲みに来ているにも関わらず決まって寂しがり屋で、常連の仲間を待っています*1

大抵の場合オジサン達はシャイなので、最初のうちは馴染みの大将相手のお決まりのチャットを楽しんでいるわけですが、酔いが進むうちに徐々に大胆になり、今夜はいつもの仲間が来ないということで踏ん切ると、大概、周辺の客をイジり始めます。

そんなオジサン達の自慢話や愚痴や思い出話に相槌を打っているだけでビールの2、3本は奢ってもらえることを経験的に学習したこともあり、たいした金も無いのに飲み屋に出入りしていた頃の我々は加速度的に聞き上手になっていきました。


お通しだけでビールをちびちび飲む私を見かねて、「なに、しおらしい飲み方してんだ」といきなり熱々のフレンチポテトを私の口にねじ込んだオジサン。

泥酔して「これからは即戦力だからな!」と散々繰り返した挙句、左胸の裏ポケットに手を突っ込んだので、お勘定を一緒に済ませてくれるのかと期待したら、自社販促グッズの「でんこちゃんボールペン」をプレゼントしてくれたオジサン。

ケダモノの様にタバコを吸い酒を飲んでいた我々を見ては、「君等みたいに育てりゃ良かった」、と分裂症の息子のことをいつも愚痴っていた公認会計士の先生(と書いてオッサン)。

我々がいつもの店でいつもの面子で飲んでいるところに出くわすと、「交通事故みたいなもんだ」と毒づく割には、毎度毎度、駿河台の雀荘の話を聞かせては「何飲んでるの?」と酒を奢ってくれた怪しい肩書きのオジサン*2

昨今の若者によっぽど幻滅しているのか、傍で飲んでいた我々が「宦官」*3を知っていただけで、何故か滅茶苦茶に感心して湯水のようにビールを奢ってくれたオッサン。

ヘロヘロに酔っ払っては、我々の様子を見て「友達が一番だぁな…」と呟いてはデレ〜っと笑う姿が印象的だったけど、結局は体を壊して姿を見せなくなったオッサン。


・・・手薄な女性遍歴と比べると実に多種多様なオジサンとの交わりに恵まれてきたことが分かります。


オッサン達は自分たちの話題に若者がついて来れないことを体験的に痛感してきています。とりわけ昨今の若者達の教養の無さは酷い(らしい)ので、たまたま自分が独りゴチた話題について、居合わせた若者が理解や共感を示したりすると、もう嬉しさを隠し切れません。たまにそんなシチュエーションに出くわした日には薩摩焼酎白波のニューボトルを入れてもらったりしたものですが、そんな肝心なタイミングに相手の喋っていることが何のことやらサッパリわからないというのでは、せっかくの面白い話を聞くチャンス*4を逃してしまいます。

そんなときにとても役に立つ雑学的知識を時代の枠を超えて実に効果的に提供してくれるのが本作「こちら葛飾区亀有公園前派出所」です。無理矢理こじ付けた感じが否めませんが、本当の話です。


今となっては単行本が何巻まで発行されているのかすら及びもつかないほどに長期にわたって連載していることで有名な本作ですが、連載開始は恐ろしいことに私の生まれた年です*5

もはや悠久の流れと言っても過言ではない名作の歴史の中から敢えて抜き出す、極私的ベスト単行本がこの47巻です。


この頃は主人公の「両さん」の下町人情警察官っぷりがいよいよ加速し始める頃で*6、ほのぼのとした古きよき日本についての様々な知識の宝庫になっています。小学生の頃はこのマンガに出てくる東京の下町に憧れましたものです。

その一方で、プラモデル、フィギュア、車、バイク、自転車、モデルガン等等といった著者の広範囲な趣味に沿って暴走するハードコアなテイストもまた、正に狂い咲いていた頃でもあり、その正気と狂気との塩梅が丁度良かった時代だと個人的には感じています。


「マッドネススペシャル4000*7」を始めとして、鰈をのっけた「カレイライス」や、モデルガンM60をプロパンガスで発砲するシーン等等、本巻にて登場する小ネタは何故かどれもこれも秀逸で、記憶の奥底に張り付いて離れません。

実は最近の本作、何が面白いのやらさっぱり分からん始末で、個人的には同じ作者が書いているとは俄には信じ難いほどに「離れて」しまったのですが、それもこれも本作が時代を映す鏡のような存在であることの裏返しなのかもしれません。


*1:寂しがり屋だからこそ独りでも飲みに来ているとも言える。

*2:このオジサンとは確定申告の際に税務署で鉢合わせしたが、二人して申し合わせたように無言で目を伏せてお互いに立ち去った。

*3:浅田次郎の小説の話から繋がった。

*4:タダ酒にありつくチャンスでもある。

*5:「勢いのある新作が始まったものだと思った」とは連載第1回目を読んだ私の父の証言だが、amazonで調べたら148巻が出てた。桁違いとは正にこのこと。

*6:連載当初はそんな設定はなく、単なる暴力ハチャメチャ巡査といった趣だった。

*7:両さんと「交機の本田」が組み立てたバイク。私の記憶が確かならば文字通り排気量は4000ccで、なんと横置きツーシーター。「アマゾネスが原付に見えま〜す」という台詞のセンスの良さにはシビれた。結局は最高時速300kmに挑戦して東名高速で炎上。