青春デンデケデケデケ
自分の通った中学校で英語を教えていた先生はキザな人でした*1。
2年生が鎌倉へ遠足に行ったときは「いまなら駅のそばのサロンでサルバドール・ダリの作品が展示されているよ」と薦めたり、3年生が京都へ修学旅行に行ったときはデザートに有名な葛切り屋さんを薦めたり、有名な漬物屋さんのお茶漬けを薦めたりで、横浜郊外の田舎中学生を相手に手加減ナシのスカしっぷり*2。
そんな文化的な先生は映画もお好きでした。英語の授業の合間にPeter Greenawayの『コックと泥棒、その妻と愛人』を観て来たんだ、と話し始め「すっごく良かった」と薦めるような始末。その空気の読めなさ加減に、そもそも彼が何に熱くなっているんだか理解不能だった大半の生徒はウンザリしていました。整髪料*3をつけて登校してきた生徒の襟首をつかんで連行し、洗面所で洗って落とさせるようなことをする学校でアンタは何を言っているんだ、と。
そこは尚も空気の読めない先生のこと。学年全体で学外に映画を観に出かけるイベントに当たっては一大奮起。大改革を断行し渋谷宮益坂下に当時オープンしたばかりだった映画館で上映されていた作品をわざわざ校外に観に行くことになりました。しかもその作品が大林宣彦の『はるか、ノスタルジー』*4。上映後の彼の誇らしげな姿と、銀幕上で何が起こっていたのかサッパリ理解できないままに煙にまかれたような面持ちで帰りの半蔵門線に乗るバカ生徒達の姿のコントラストの鮮烈さを忘れようにも忘れられません。
…と不平たらたらで居ながらも、映画を観るのが好きだった私や同級生のイノウエ君などは、そんな先生に映画の話を聞かせてもらうのを楽しんでいたのもまた事実。観てきたばかりの"Godfather part3"について、知ったような口を叩く僕らに彼は付き合ってくれました。*5。
卒業式の日だったか、先生は僕とイノウエ君に向かって、それこそ映画俳優のようなキザな仕草で手招きをしました。「何のこっちゃ」と近寄ると、卒業の記念ということで、特別映画が好きだった我々二人に映画の前売り券を一枚ずつ贈ってくれたのです。
その映画『青春デンデケデケデケ』を上映していたのは、確か新宿は3丁目方面のゴミゴミしたエリア。客席がやけに急角度で配置されている古臭い映画館。内容は四国の片田舎でThe Venturesに憧れてバンドを組む高校生達の青春物語でした。
普通に鑑賞しても面白い映画だったのは確かですが、むしろ自分たちが青春真っ只中だった(はずの)当時の僕やイノウエ君が、そんな青春という季節への思い入れや憧憬を持ちあわせていたわけもなく、その時は普通に「ああ、面白かった」で家に帰ったのでした。
それから時を経ること10年あまり。もはや青春時代の終わった僕は、原作を読み直しては登場人物に貰い泣きするようなしょーもないオッサンになってしまいました。あの頃の自分が同じものを観てどのように感じたか、実感として記憶していることもあり、その感情起伏のパターンの違いたるや我のコトながらなかなかに感慨深いものがあります。
空気の読めない先生ではありましたが、あの頃の自分にこの映画を観る機会を与えてくれたことには、ひょっとすると先生なりの思惑があったのかもしれない、と最近になってちょっとだけ思いました。感謝しております。
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